徒然なるままに

2025年9月5日…明日は、第51回山口原爆死没者追悼・平和式典が山口市江良の被爆死没者慰霊碑前で行われます。

今年は先の悲惨な大戦・敗戦80年です。また、被爆80年でもあります。

世界にはいまだ一万二千発以上の核弾頭があって、昨年、核廃絶を訴える取り組みが世界に評価された日本被団協がノーベル平和賞を受賞したにもかかわらず、唯一の戦争被爆国・日本が核兵器禁止条約の批准を世界に向けて宣言しないという、残念な状況が続いています。

核兵器の廃絶と80年間続いた戦争のない日本を次世代につなぐ決意を誓い、平和な世界の実現を願ってやみません。

しかし、残念ながら願いに逆行する動きが顕著です。人類滅亡までの「終末時計」は89秒を示し、過去最短となっています。ウクライナ戦争は開始から3年半が経過し、イスラエルのガザ侵攻は2年となり、一部の為政者からは核攻撃をちらつかせる発言まで飛び出しています。先の参院選で「核武装は最も安上り」「極端な思想の公務員は洗い出して辞めてもらう」などと公言する候補者が当選するなどもあり、先の参院選で衆参共に自公が過半数割れした事が単純に喜べない政治状況になっています。

この10年を振り返るに、安倍政権が2015年、憲法学者らの「違憲立法」との批判をよそに集団的自衛権の行使を認める安保法制を強行採決。さらに2022年12月に安保関連3文書を閣議決定し、「我が国への侵攻を阻止する上で鍵となるのは、敵の脅威圏の外から対処するスタンド・オフ防衛能力の保有である(国家安全保障戦略)」とし、長射程ミサイルを先ず熊本市の陸自健軍駐屯地に配備するとしています。まさに、「攻撃は米軍に任せ、自衛隊は防御に徹する」と言う役割分担が消え、「専守防衛」を踏み越えようとしています。

黒柳徹子さんのテレビ番組で2022年暮れ、「来年はどんな年になりますかね」と聞かれ、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えたのがタモリさんだった。「敵基地攻撃能力」の保有、防衛費の大幅増などが打ち出されるなかでの発言は波紋を広げた。

この流れで、政府・防衛省は、2023年8月25日に安保関連3文書に基づき、総合的な防衛体制の強化に資する取組について(公共インフラ整備)・・・「特定重要拠点空港・港湾(仮称)」を閣議決定している。

これは、デュアルユース(軍民両用)のもとに、平時から空港等を軍事使用するという計画である(批判の強まりに対し、政府はなんと「特定重要拠点」から「特定利用」に言い換えた!)。

この目的は、「台湾海峡有事」という対中国戦争態勢づくりのために、琉球弧=第1列島線において、制海権・制空権を確保すること、そして合わせて「南西諸島」への全国部隊や膨大な規模の兵站物資の動員態勢づくりのためである。

ところが、政府は、この空港港湾の軍事化という明らかな事実を、「民間空港・港湾の災害時などでの活用」という詭弁のもとに、関係する自治体管理の空港・港湾についての「指定」を強行し始めた。(2025年度には特定重要拠点空港等に「道路」も指定)。

ことさらに台湾有事が煽られ、他国からの武力攻撃を受けた際に住民が避難できるシェルター(防空壕)を沖縄県の石垣市など5市町村に設ける工事が始まっている。このシェルター整備は、「国家安全保障戦略」において武力攻撃より先だって先島諸島(八重山・宮古)の住民や観光客を九州各県と山口県に避難させるため、迅速な避難に困難性がある市において、一定期間避難可能で堅牢な施設として整備するとしている。

「有事体制」への住民の巻き込みは沖縄に限られたことではない。政府は自治体が管理する空港や港湾を「特定利用空港・港湾」に指定し、自衛隊などが好き勝手に活動できることを露骨に狙っている。港湾などが戦争の出撃拠点となったことの反省から、戦後はその管理の多くを自治体に委ねてきた。それをなし崩しにするものです。

こうした、明らかな危惧を、何らの危機感も示さぬままに、山口宇部空港の特定利用空港指定の受け入れを拒否するよう6月定例県議会で県の姿勢を質しましたが、村岡知事は8月7日に、「災害時にメリットがある」とし、防衛省や国土交通省に文書で受入れ回答しました。まさに忸怩たる思いです。

ナチスに抵抗したマルティン・ニーメラー牧師の詩にある「私には関係ないから何もしなかった」を繰り返さないために私たちはできることをしていかなくてはと思う今日この頃です。

  • ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
  • 彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。
  • 彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。
  • 彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。

つれづれなるままに、PCに向かひて、 心にうつりゆくよしなしごとを、 書き殴ってしまいました。

皆様の今後のご活躍とご多幸を心から祈念申し上げます。